2013年8月12日月曜日

Demonstration が理解できない「理系」


旬を迎えたトウモロコシ。飲み会の席で友人が「トウモロコシの粒は必ず偶数らしいよ」と話していた。本当なのか。本当ならなぜなのか。確かめるべく、自分で粒を数えてみた。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2503E_W3A720C1000000/ 
 という夏休みらしい微笑ましい記事があって、結局、「数えること2時間 1本に640粒あった」そうなのだが、この記事に噛み付く奴らが結構現れおった。

例えば、スラッシュドットだと:
by Anonymous Coward on 2013年08月09日 7時20分 (#2437575)
偶数か奇数かを一度だけ数えて「確かめる」って小学生以下の発想。
義務教育終了してるなら、7回やって7回とも偶数でやっと99%以上の確率で確からしいといえる、くらいのことはわかっててほしい。
バカはお前やねん。お前が義務教育からやり直せ!

毎回この手の自称理系が発生しよるけどなんでかね。こういうあほうは、じゃあ逆に、この手のお試しやら学生実験やらで変な値が出たら、すわ理論の間違いが見つかったとか騒ぐのか?そうじゃなきゃ、論理的に整合性がとれへんで?

実験には、仮説を検証するために行われる実験と、すでにわかっていることを〈目で見てわかるように示すため〉の操作としての実験(=Demonstration) がある。この記事のような「実験」は、既に分かっている事実をわかりやすく示すためのデモンストレーションなんだからN=1で必要十分なのだ。

この手のピント外れな自称理系の批判はよく見受けられる。例えば、かつての「発掘!あるある大事典」は批判されるべき問題の多い番組だったが、そう考えても的外れな批判も多く見受けられた。

そのような科学的には無意味な実験も「血液型」「ダイエット」などの回で多用されている。また、一見正しい実験方法であっても明らかに被験者の数が少なく、対照実験(似たようなものを用いて比較し、有効性を確かめる実験)も行われたか定かではなく[5]、多くの場合は個人差レベルであることも指摘されている。また、「-であると考えられる」程度の所見を断定口調で説明したりすることも多い。そのような指摘を受け、番組内でも「実験はあくまでも参考であり、実際の効果を示すものではありません」という注意書きが入る場合もある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/発掘!あるある大事典 
Wikipedia のこの記述は的外れの典型例やね。本来は番組で行う「実験」はデモンストレーションにすぎないんやから、対照実験も被験者数も割とどうでもええねん!アホかお前ら?デモンストレーションはそうなることがわかっていることを確かめる・わかりやすく示すだけなんやからええねん!

「発掘!あるある大事典」の問題は、「そうなることがわかっている」わけではないこと、定説でも何でも無いことを、あたかも正しいかのように、確立した理論であるかのように「デモンストレーション」したことにあるねん。

この手のデモンストレーションと検証実験の区別がつかないのは自称理系の特徴やから、こういう言い方嫌いやけど、ある種のリトマス試験紙みたいに使えると思っとる。

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